- CdLS Japan 医療アドバイザー
- 千葉大学大学院医学研究院公衆衛生学
- 同 医学部附属病院遺伝子診療部
- 千葉県こども病院遺伝科(非常勤)
その発見と再発見の歴史
難病のこども支援映像プロジェクト(愛称フレンズ)によるVTR「・・・CdLS?」の制作をお手伝いする際に調べたところ判明した「CdLS の発見と再発見の歴史」についてお伝えします。
CdLS の発見者の1人であり症候群名の由来ともなっているコルネリア・カタリナ・ デ・ランゲ Cornelia Catharina de Lange 氏 (1871/6/24~1950/1/28) は〔写真1〕、オラ ンダのアムステルダム大学小児科学教授(女性)で、自らが設立したエマ Emma 小 児病院を受診した 6 ヶ月と 1 歳 5 ヶ月の 2 人の女児例を 1933 年に最初に報告しまし た〔文献1〕。
しかし、当初はほとんど注目されませんでした。新たな症例を 1941 年のアムステル ダム神経学会で発表し、やっと CdLS が知られるようになったのです。
さらにその後、1963 年の秋にアメリカのユタ大学のジョン・マリウス・オピッツ John Marius Opitz 教授(ドイツ系アメリカ人の臨床遺伝学者で医師;1935~現在;臨 床遺伝学分野の権威であり、その名を冠した多くの症候群がある)が〔写真 2〕、 1916 年にドイツの若き研修医であったヴィンフリード・ロベルト・クレメンス・ブ ラッハマン Winfried Robert Clemens Brachmann 氏 (1888/2/6~1969/1/6) が既に報告して いたこと〔文献 2〕を偶然に再発見しました〔文献 3〕。
その際のエピソードは次のような実にドラマチックなものでした。
************************************* ***
1963 年の秋、ユタ大学の図書館は水道管の破裂に見舞われました。ジョン・マリウ ス・オピッツ John Marius Opitz 教授は、当時の館長(女性)から対応策に関する相談 を受けました。特に「Jahrbuch für Kinderheilkunde und physische Erziehung(小児科学 及び体育年報または年鑑)」という雑誌の損傷はひどく、1916 年発行の 84 巻はごく 一部を除いて貼り付いていました。何と、その難を逃れた唯一の部分である 225 頁 に、ドイツの若き研修医であったヴィンフリード・ロベルト・クレメンス・ブラッハ マン Winfried Robert Clemens Brachmann 氏の「ドレスデン小児病院に入院した生後 19 日目に肺炎で死亡した児に関する論文」を発見したのです。
************************************* ***
この論文は顔よりも手の症状に注目して書かれていたため、コルネリア・カタリ ナ・デ・ランゲ Cornelia Catharina de Lange 氏が見逃したのではないかと想像されて います。氏の経歴には不明な点が多いのですが、研究は第一次世界大戦の兵役のため 中断され、経歴をうかがい知る資料の多くも第二次世界大戦で焼失したとされてい ます(写真や肖像画は残っていないようです)。
CdLS の歴史には偉大なる 3 名の医師が関わっていたのですね(3 名の人となりにつ いては末尾の参考HPを参照下さい-英語ですが-それぞれの驚愕の人生が見えてき ます)。
文献1
Cornelia Catharina de Lange
Sur un type nouveau de dégénération (typus Amstelodamensis).
訳:新型変性(アムステルダム型)について
Archives de médecine des enfants, 36:713-719, 1933
訳:小児科学文書集または記録集
文献2
Winfried Robert Clemens Brachmann
Ein Fall von symmetrischer Monodaktylie durch Ulnadefekt, mit symmetrischer Flughautbildung in den Ellenbeugen, sowie anderen Abnormitäten (Zwerghaftigkeit, Halsrippen, Behaarung).
訳:両側性の前腕前部の翼状皮膚をともなう尺骨欠損とその他の異常(低身長・頸 肋・多毛)を合併した両側性単指症の1例
Jahrbuch für Kinderheilkunde und physische Erziehung, 84:225-235, 1916
訳:小児科学及び体育年報または年鑑
文献 3
John Marius Opitz
The Brachmann-de Lange syndrome.
訳:ブラッハマン・デ・ランゲ症候群
American Journal of Medical Genetics, 22:89-102, 1985
訳:アメリカ医科遺伝学雑誌


参考HP(全て英語です)
CdLS World – What is CdLS http://www.cdlsworld.org/what_is_cdls/index.shtml MedicineNet.com - Definition of de Lange syndrome http://www.medterms.com/script/main/ art.asp?articlekey=13301 Who Named It?
Brachmann-de Lange syndrome http://www.whonamedit.com/synd.cfm/1080.html Cornelia Catharina de Lange http://www.whonamedit.com/doctor.cfm/1059.html Winfried Robert Clemens Brachmann http://www.whonamedit.com/doctor.cfm/1060.html John Marius Opitz http://www.whonamedit.com/doctor.cfm/854.html
2008.3.21 作成
*CdLS Japan 翻訳ニュース 2006・2007 年号に掲載されました。
発行:CdLS Japan 事務局(コルネリア・デ・ランゲ症候群の親の会)